四国八十八箇所遍路の「観光化」は最近のことです。
昭和30年代頃までは「辺土」と呼ばれ、交通事情も劣悪で、決して今日のような手軽なものではありませんでした。
今日でこそその心理的抵抗は希薄になっていますが、どこで倒れてもお大師のもとへ行けるようにと死装束であり、その捉え方も明るいイメージではありませんでした。
しかしながら、次第に観光化の道を歩み始めるようになりました。
1930年代には乗り物を用いて、旅館などに宿泊する人々が登場し「モダン遍路」と呼ばれました。
四国遍路は観光としてみなされたのでした。
現代においては、従来の信仰に基づくものや、現世・来世利益を期待する巡礼者も引き続き大勢いるが、1990年代後半からは信仰的な発心よりも、いわゆる自分探し、癒しとしての巡礼者が増えたといわれています。
一時期減ったといわれるすべての札所を徒歩で巡礼する歩き遍路も同じころから増えた。
また、バックパッカー的な感覚やトレッキングを楽しむ感覚で遍路をする者も増えたといわれている。
今治明徳短期大学など、四国の大学・短期大学の中には歩き遍路を自分を見つめなおす機会ととらえ、教育課程に組み込んでいる学校もある。
その人数は定かではないが、年間30万人(うち歩き遍路が5000人)ともいわれている。

