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般若心経 薬師寺の歴史その1

般若心経 入門 写経

薬師寺は、『薬師寺縁起』(平安時代中期の長和4年・1015年成立)によれば、薬師寺は天武天皇9年(680年)、天武天皇が後の持統天皇である鵜野讃良皇后の病気平癒を祈願し、飛鳥の地に創建したものです。

天武天皇は寺の完成を見ずに没し、伽藍整備は持統天皇、文武天皇の代に引き継がれました。
持統天皇2年(688年)、薬師寺にて無遮大会という行事が行われたことが史料からわかり、この頃までには伽藍が整っていたものと思われます。
また、この頃には官寺の指定を受けて朝廷の厚い保護を受けるようになりました。

その後、和銅3年(710年)の平城京への遷都に際して、薬師寺は飛鳥から平城京の六条大路に面した現在地に移転しました。

移転の時期は『薬師寺縁起』によれば養老2年(718年)でした。『扶桑略記』天平2年(730年)3月29日条に、始薬師寺東塔立とあり、東塔(三重塔)が完成したのがその年のことで、その頃まで造営が続いていたものと思われます。

なお、平城京への移転後も、飛鳥の薬師寺はしばらく存続していました。
史料や発掘調査の結果からは平安時代中期、10世紀ころまでは存続していたようですが、後に廃寺となりました。

寺跡は大和三山の畝傍山と香久山の中間にあたる橿原市城殿町に残り、「本薬師寺跡」として特別史跡に指定されています。

平城京の薬師寺にある東塔や本尊薬師三尊像が本薬師寺から移されたものか、平城京で新たにつくられたものかについては古来論争があります。
現在では、東塔は平城京での新築、本尊は本薬師寺からの移座とするのが、通説となっています。

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